ピュアオーディオ視聴会・番外編「ピュアオーディオで聴こう!DSD試聴会」
昨年、音楽配信サイト「OTOTOY」よりリリースが開始されたDSD形式での音源配信がスタートしました。
1bitオーディオ、SACDといった言葉で知られた音声データ方式ですが、あまり市民権を得るほどの盛り上がりを見せずにトーンダウンしてしまい、ほぼ忘れられかけていました。
しかし、24bit/48kHz、24bit/96kHzといったCDを上回る高音質配信が音楽配信サイトから次々とリリースされる中、再び脚光を浴びるようになったのです。
とは言え、DSDの音源を再生させるには、少し特殊な機器が必要となります。そして、24bit/96kHzのような高音質配信同様、「それなりのオーディオ環境」も必要となってくるわけです。
さて、このDSD音源。いったいどれくらいの人が「聴けて」いるんでしょうか?
東京では試聴会も何度か行われていた様子ですが、関西ではそんな話もあまり聞いたことがありません。
……というわけで、以前もお世話になったアサヒステレオセンターさんにご相談に上がったところ、DSDの試聴環境がご用意いただけるということだったので、「じゃあ試聴会やりましょう!」と半ば強引に(笑)試聴会を開催してしまいました。
今回はいつもの「“いい音”を聴こう!ピュアオーディオ視聴会」と違い、DSDフォーマットに絞って音の違いを聴き比べてみよう、というコンセプトでの開催。
そもそもDSDの試聴会を行おうと思ったきっかけは、12月の視聴会です。
DSDでライブ録音されたneco眠るの音源がある、というお話だったので、それは是非聴いてみたい!
……という、ファン心理もありつつ(笑)、森さんにこんがりおんがくからリリースされるチッツのレコーディングで忙しい中時間を作って頂いて、ご同席いただきました。
今日もIN/SECTS Tシャツがばっちり似合っております(笑)。
この日の機器は、以下の通り。
TASCAM DV-RA1000HD
dCS Elgar(DAC)
YBA 1α(プリ)
Jeff Rowland Model 102(パワー)
Wilson benesch DISCOVERY(スピーカ)
総額約400万(主にスピーカーとDACの金額)のハイエンドセットで、DSDの音質に挑みます。
まずは、森さんにお借りした、岡本右左無さん在籍最後のライブとなった、12月29日・恵比寿LIQUIDROOMのテイクを、ラインそのままのDSDと、エアーも混ぜてミックスしたMP3(こちらはDIY HEARTSよりリリース予定とのことです)で比較試聴してみました。
森さん(以下“森”)「OTOTOYで出てる原田郁子さんの音源(現在は配信終了)がちょうど対バンした時のもので、エンジニアは違うんですけど、同じシステムで録ってましたね。原田さんの方は多分高橋(健太郎)さんが録ってるんですけど、こっちは溝口(紘美)さんに録ってもらいました」
森さんもピュアオーディオで聴かれたのは初めてだと思いますが、いかがですか?
森「やっぱりDSDの方が(レンジが)広い感じがしますね。MP3の方が編集してあるから勿論音圧はあるんですけど、無理矢理狭いところに閉じ込めてる感じがします」
この、DSDのラインそのままの音を聴かせていただいて思ったんですが、DSDでの“録って出し”リリース、みたいなものが今後出てきても面白いなぁ、と。
ラインの音は、聴いた瞬間は結構密閉感もあるんですが、音の生々しさや奏者のミスタッチ等含めてすごくライブ感があって、現場にいた人や、行きたかったけど行けなかった人ならきっと楽しめると思うんですよね。それがMP3だと、音も形態もチープ過ぎてあんまり値打ちがないんですけど。そういうためのDSDというフォーマットはアリなんじゃないですかね。
森「そうですね。どのみち、DSDのまま編集したりミックスしたりできるソフトとかがまだ一般的に出回ってないから現実的に(編集は)できないし」
さて、今回の試聴会に合わせて、いくつかDSDの音源を購入してみた(僕も家にDSD聴ける環境が無いので、今まで一切買ってませんでした)んですが、非常に音の良さが明確に感じられたのが、OKI DUB AINU BANDの「Himalayan Dub Release Tour in Tokyo 2011.04.15」。
WAV 16bit/44.1kHzに変換したものと比べてみましたが、違いが誰が聴いても分かるほどはっきりと出ました。DSDでのトンコリの響きは、まるで釣りたての魚のような瑞々しさと鮮度感が部屋中に広がります。
森「これは音いいっすねえ。こういう音楽には(DSDは)向いてますね」
でもこれがWAVになると、釣って切り身にして冷凍したものを常温で解凍したような(笑)……。
森「一回りちっちゃくなった(笑)。これでも十分めっちゃ良い音なんですけど、比べてしまうと……」
ですね。でも、WAVもデータ的にはCDと同じレベルなので、要するにこれが“CDの音”なんですよね。そう思えば、やっぱりDSDって音良いんやなあ、と(笑)。
森「ねえ。単純に“良い”ですよね。多分、音楽によって合う/合わないはあると思うんですけど」
その辺りを探ってみるために、さらにいろんなタイプの録音を聴いてみましょう。
続いてはe-onkyo musicよりリリースされている南博トリオの「Live at ARISTOHALL」より“Doxy”。こちらは、2マイク・PA無しでDSD録音したという現場の空気重視の録音ですが、もう一方はDon Fredman TrioのBirdlandでの4マイクによるアナログ録音をCDレベルに変換したもの(未発売の音源で、ドイツのハイエンドオーディオ誌の元編集長(現在はネット上でオーディオ情報のポータルサイトを運営)が自主レーベルで制作した、という、日本で言うところの菅野沖彦さんのAudio-Laboのようなものですね。親交のある三浦社長よりサンプルCD-Rを、お借りしてきました)と聴き比べてみました。
まずは南博トリオ。
森「うーん、いいっすねえ」
やっぱりDSDは、音に鮮度感がありますね。
続いてはDon Fredman Trio。
空気感を中心に録った南博トリオ、楽器を中心に録ったDon Fredman Trio。DSDと通常のCDの違いはありますが、それよりも録り方の違いの方が音への影響は大きいですし、正直言って……どっちも良いですよね(笑)。
森「ええ、どっちも(笑)。別に(CDが悪いということもないし)、ま、好みの問題というか……」
こうなってくると、DSDは単に「CDよりも高音質」という切り口で語るものではないもの、という点が見えてきますね。今回の二作品も、南博トリオをアナログ、Don Fredman TrioをDSDで録っていたら、ちょっと違う結果が出ていたかも知れません。
森「僕らの音楽とかも、まあロックでもないですけど、ロックのバンドとかのライブって、お客さんはそんなに綺麗な音は期待してないし綺麗な音でも聴いてないし。実際ライブ会場はめちゃ音デカイんで。でもDSDで録るとめちゃ綺麗に聴こえるから、じゃあそれは実際に耳で聴いてる音と一緒かと言うと違うから……そこらへんはどうなんかなぁ、って(笑)。バンドによっては別にDSDで出す必要も全然無いと思うし。ジャズとか、綺麗な音で細かい音まで聴けるようなものにはDSDは良いと思いますけど」
僕もちょっとそれは思うところがあるので、その辺りの確認の意味も込めて、試聴会の前の週にリリースされたばかりのDATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDENの「巨星ジークフェルド 2011.02.20」より“Mirror Balls”を聴いてみましょう。
僕はこの音源を、普段はiPhoneにWAVにしたものを入れて聴いてるんですが、こうやってピュアオーディオを使ってDSDで聴いても、それほど感慨が無いというか、自分の中で心が動かされる部分はiPhoneで聴くのと全然変わらないんですよね。ぶっちゃけ、どっちでもいい……。
森「いや、まだデートコースはジャズバンドですし、各自のソロとかもありますから」
ええ、確かにサックスソロの所とか、やっぱりDSDらしい滑らかさがあったりはするんですけど、バンド全体で一気呵成にドンッって鳴った時にDSDじゃないと味わえない迫力があるかというと、全然そんなことはない。
森「隙間がある音楽なら、隙間も(DSDなら)録れるっていうか……やっぱり隙間が無いものは隙間が無いから“そのまま”になってしまう」
そういうことでしょうね。DSDの得意なところは、やはりそこなんでしょう。
森「内橋(和久)さんのギターとかダクソフォンのソロを(DSDで)聴いてみたいですけどね」
あ、それ聴きたい!サンレコさん、企画してください(笑)。
「隙間」という話が出たところで、坂本龍一+大友良英「improvisation inspired by Ornette Coleman」を聴いてみましょう。楽器の音の間にたっぷりと隙間があり、一つ一つの音が、非常に高解像度で響きます。ギターのフィードバックノイズも、こういうような録音の仕方だと、じっくり聴くことが出来ますね。
森「逆にこういうのをMP3で聴く意味が分からないです(笑)」
ノイズがここまで聴けるんだったら、非常階段のDSDなんかも意外にいけるんじゃないかと……。
森「あー、そうですね。メルツバウとかね(笑)」
こちらも今後期待したいところです。岡野太加入後最初の音源リリースは是非DSDで!
ではこの坂本龍一+大友良英との比較として、同じ大友良英、そしてNHKのスタジオで録音された「大友良英サウンドトラック Vol.0」“「その街のこども」 エンディングテーマ-”と聴き比べてみます。第四回で杉本君に持ってきていただいた時にもかけた音源ですね。
……何度聴いても目頭が熱くなるんですが、まあそれは置いておいて。
森「まあ、このスタジオ録音はこれで全然十分かな(笑)」
でもDSDの音を聴いてから聴くと、こういう曲だったら、もしこれがDSDで録っててDSDのまま聴けたら、もっと良いかもなぁ、という感じはしますよね。
森「あー、うん、そうですね」
DSDの音を知らずに聴いてると、このままでも本当にすばらしい音だし、満足できるわけですけど、DSDだと、さらにものすごい音になってたかも……と妄想してしまうんですよね。
……といったところで、森さんがそろそろチッツのレコーディングに向かわないといけない時間になってきました。
森「DSDの多重録音が今後どうなっていくのか……KORGが開発してて、業務用にはもうあるみたいなんですけど。さっきの坂本さんと大友さんのは、それで録ってるんですよね」
KORG Clarity + MR-0808Uというやつですね。
時間が無くなってきたところで、こちらもご用意した音源はこれで最後になります。OORUTAICHI「2010.12.17 Live at GOODMAN」より“Futurelina”を聴いていただいて締めとしましょう。
森「……打ち込みは(音を)作った時点でフォーマットが(決まってしまうから)、それ以上良くなりようがない、音の限界が決まってるから、それをDSDで録っても……という感じはしますけど。でもまあ、ライブならではの臨場感とかはすごいですね」
やっぱり、生楽器のように音自体にディテールの変化がないと、DSDの醍醐味みたいなのって、あんまり感じられないですよね。そういう意味ではアコースティックな演奏を生々しく録るのが一番いいんですかね。
森「それか、打ち込みの時点でDSDにしてたらめちゃめちゃ音良さそうですけどね」
あー、それは面白そうですねー。
森「(レイ・)ハラカミさんとかDSDで作って録ったりしてたらめちゃめちゃヤバそうですけどね(笑)ハラカミさんの音楽とか(DSDに)合いそうですよね」
うわ、それは聴いてみたい!これまたDSDの今後の展開に期待したいところですね。
というわけで、アサヒステレオセンターさんで行った「ピュアオーディオで聴こう!DSD試聴会」は終了。森さん、どうもありがとうございました!
今までは聴く術すらなかったので「DSDってほんとに“いい音”なの?」と半信半疑なところがありましたが、実際に聴いてみると、それは今までのCDやアナログとはまた違う、“デジタルならでは”の“いい音”という高音質のあり方を確立しようとしているフォーマットなんだろうな、という印象を受けました。録音物によってはアナログでも表現が難しいであろう“透明感”や“鮮やかさ”をリアルに表現してくれますが、アナログ特有の曖昧さやノイズがない分、その特性がどんなジャンルの音楽でも活かせるというわけではなさそうです。
特にSACDの場合、未だに昔の名盤や名録音の復刻盤の再発に終始していることが、オーディオファンからの「SACDはアナログレコードに劣る」という評価に繋がってしまっているような気がします。今回のOKI DUB AINU BANDや坂本龍一+大友良英のように、DSDの特性を活かした最新録音でこそ本領発揮できるフォーマットなのではないでしょうか。
今後、DSDがどんな広がりを見せるのか、次にどんな音源がリリースされるのか。今回はいつもと比べて、そんなワクワクするような音楽の“未来”の話が沢山できたような気がします。
DSD試聴会は、また開催したいと思います。その際は皆さん、是非遊びにきてください!
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